歴史的背景
住友の事業は銅の精錬業が始まりです。住友家2代・友以の実父である蘇我理右衛門は銀銅分離の“南蛮吹き”の技術を確立し、銅の精錬法を飛躍的に高めました。友以は秘伝であるその技法を大坂の銅吹屋仲間にも伝授し、以来、日本から外国へ輸出される銅から銀が抜かれ、国益が守られました。
友以が同業者へ秘伝を開放した心には、国益という観点があったと思われます。江戸時代、世界一の産銅国だった日本において、銅貿易は幕府の国策でした。住友は高度な技術により、国益を守って長崎貿易を支え、別子銅山での採掘、製錬に励んだのです。住友に勤める人々は別子銅山の事業が国益の事業であるという意識を持っていました。
明治の変革期を支えた歴代総理事の言葉
「一意殖産興業に身を委ね、数千万人と利を共にせん」(初代総理事・広瀬宰平)
産業資本が未熟な明治前半において、銅でもって殖産興業に尽力し、住友のみが儲かるのではなく、全国民と利益を分かちあいたいと述べた別子銅山での垂訓です。住友の事業は国家的な事業であり、社会全体が豊かにならなければ自らの利益もない、と宣言した公利公益の精神です。
「君子財を愛す、これを取るに道あり」(2代総理事・伊庭貞剛)
広瀬の精神を受け継ぎ、さらに次元を高めたのが伊庭貞剛でした。これは彼が引用した臨済宗『宗門無尽燈論』の言葉ですが、“立派な人物は財産を大切にする。ゆえに利潤を追求する企業は恥じることなく正々堂々と儲けてよい。しかし正しい道によって利益を得なければならない”という意味です。伊庭は別子銅山の煙害を根本的に解決するために、巨額の投資をし無人島へ製錬所を移転したほか、荒廃した別子の山林へ大規模な植林を実施しました。事業で儲けた利益をそのままCSR(企業の社会的責任)へ注ぎ込み、公利公益を優先させる住友のこころを行動に移した人物です。
「徳を先にし利を後にする、徳によって利を得る」(3代総理事・鈴木馬左也)
さまざまな難事業の解決を成し遂げた鈴木馬左也が、“社会に徳を与える事業であれば、自ずと利益は得られる”と披瀝(ひれき)した私見です。彼にとって住友は単なる営利会社に留まらず、国益に必要な一つの機関、一要素でした。
【監修】住友史料館 副館長 末岡 照啓さん
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