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私が大学を卒業してから、43年もの星霜を経ました。つい昨日のようにも思えますし、一方で約半世紀も経っているという事実は、まさに光陰矢の如しです。
ふり返ると、たくさんの方々に助けられて今日があります。人は皆、助け助けられながら人生を重ねていくわけですが、大切なことは、夢やロマンとも表現できますが、自身の志をどう持つかということではないかと思います。さらに言えば、充実した人生を過ごすためにも志を高く持ち、誠心誠意、正々堂々、その実現に向けて努力することが自身に対する責務ではないでしょうか。たとえ、何等かの理由で志が達成できなかったとしても、陰日向なく真面目に努力する過程はとても貴重であり、納得できる生き方であると思います。
また、今日まで様々な方との邂逅がありましたが、人格者で立派だと感服した方の不思議な魅力には、何か共通項が認められます。それは、そろって違う世界を幅広く知り、時を超越した意見、つまり教養を備えているということです。教養は、専門集団に陥りがちな現代において、方向性を定め、非定形・非日常の事象に比較的誤りのない的確な解答を与えてくれる素地となりうるものです。そして、教養を高いレベルで身につけるためには、人類の知的遺産である古典への理解が重要であると思います。社会に出ても、切磋琢磨し教養を深め、幅の広い人格と力量を身につけるように自己啓発に励むことが重要だと思います。
いつの時代も、パラダイムシフトが急速に進行するなかでは、不透明感、不確実性が将来のあるべき姿を見えなくしています。こうした時こそ、「気骨ある異端児」が求められます。「気骨」とは、勇気と迫力を持って大困難をブレークスルーする能力、「異端児」は、解決への道筋を人と違った角度から発想することのできる人を意味し、まさに混迷を極める現在においてリーダーに求められる気概です。
後世可畏。孔子が言ったように、未来は未知数ですが、自分次第でその可能性は大きく広がります。まだまだ未熟な自分を顧みる意味も込めて、私がこれまで大切だと感じたことを、若い方々へのメッセージとさせていただきました。 |