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広報誌 SEI WORLD 2010年

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SEI WORLD 2010年 09月号(vol. 396)

リーダーたちの肖像~其の四~「強い組織作りを進めた四代目総理事/中田錦吉」

  大正から昭和にかけて住友が近代企業へと発展を遂げた時期に、経営のトップリーダーをつとめた総理事たちがいます。これら総理事たちの人物伝を毎号ご紹介します。

  三代目総理事・鈴木馬左也から経営のバトンを託されたのが四代目総理事・中田錦吉です。これまでの総理事同様、住友の事業は国家、社会のためであるという信念を貫き、そして重役60歳の停年制を導入したトップリーダーです。

司法畑で経験を積み36歳で入社

中田 錦吉(1864~1926)(写真提供:住友史料館)

  中田錦吉が現在の秋田県大館市に生まれたのは、元治元年(1864)のことです。当時、東北の各藩が佐幕派の姿勢を見せるなか、中田の父が仕える秋田藩主は勤王に舵を切ったため藩は敵に囲まれ、大館町は戦火にさらされました。父は各地を転戦し、中田は母や兄と戦火から逃れる日々。厳しい子ども時代を過ごし、やがて東京帝国大学を卒業後、裁判官になります。その後、大学の先輩である後の第三代総理事・鈴木馬左也の勧めによって、明治33(1900)年、36歳で住友に入社しました。日本国のため自分に何ができるか。そう自問した中田の答えは、「公利公益」を優先する住友で実業家として力を尽くすことでした。

どんな困難も自ら指揮を執り解決

  入社と同時に別子鉱業所の副支配人となり、2年後には支配人に任命された中田は、煙害問題と労働問題という大きな試練に毅然と立ち向かいました。煙害問題では、1000人の農民に囲まれながら完全解決をめざして交渉を進め、労働問題では自ら指揮を執って暴動を鎮圧し、新たな人事制度を制定するなど近代的な雇用関係を確立させました。まさに、公明正大を尊び、“裁判官魂”を発揮したトップリーダーといえます。

  大正11(1922)年に鈴木の後を継ぎ、四代目総理事に就任。住友の事業は単に営利目的だけではなく、国家社会に貢献するものであり、同時に道徳的に発達し、商いを通して人間を磨いていくことの重要性を明確にしました。

強靱な組織を目指しいち早く停年制を採用

  先代の鈴木の時代にできた住友各社について、組織としてしっかりと形作る必要性を感じていた中田は、大正13(1924)年に社員55歳、重役60歳の停年制を採用し、一年後の実施としました。組織として新陳代謝を促し持続的に発展するため、経営のバトンを渡すことを重視したのです。停年制の採用は、江戸時代から続く商家としては相当早い取り組みでした。翌年、中田はあえて自らの引退年齢よりも若い停年制を採用し、実施当日に淡々と総理事を辞職したのです。鮮やかな引き際でした。58歳で次の世代に道を譲った第二代総理事・伊庭の志を成文化した中田。3年という歴代総理事の中では最も短い在任期間ではありましたが、その志は着実に次の世代へと引き継がれていきました。

 

【監修】住友史料館 副館長 末岡 照啓さん

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