2007年09月27日 08:50
社長室の窓から <1>
社長室などというとちょっと古くさいイメージがありますね。
わたしのメインとなる執務室は、大阪の本社にあります。今回はそこから眺める風景についてちょっとお話ししましょう。
仕事の関係で、東京本社にも同様に執務室があり、そちらで過ごすことも多いのですが、それはまたチャンスがあれば。
さて、大阪は淀屋橋にある本社ですが、住友ビルという昭和37年に竣工したビルに置いています。丁度土佐堀川に面していますので、執務の合間にでもちょっと外に目をやって、なかなか美しい風景を楽しむことができるのです。
そもそも淀屋橋近辺は秀吉の時代から江戸時代にかけて、木材と米相場を扱って日本一の豪商となった岡本常安の「淀屋」にちなんだ場所で、二代目言當が米市に集まる商人が便利なように架けた橋が「淀屋橋」の由来です。
考えてみれば、今で言うCSR、地域社会との調和の概念の先駆けが、400年後もこの大阪の地で子々孫々にまで橋として残っているというのは、素晴らしいことですね。
この淀屋、一度は五代目で奢侈の振る舞いにより、幕府によりとりつぶされます。その後に番頭を始祖とする後期淀屋により再興されますが、江戸末期に全財産を売り払って姿を隠してしまいます。それこそが明治維新の討幕運動の資金源ではなかったのかという真偽定まらぬ説もありますが、いずれにせよ、明治以降にこの近辺を住友が購入しています。
橋と、そして南へ一筋「淀屋小路」にその名前を残した豪商に思いを馳せつつ、外を眺めてみますと格別のものがあります。
右手側が大阪市役所、その奥は中之島公園に繋がっていきます。ここからは見えませんが、公会堂や府立中之島図書館、そして東洋陶磁美術館はすぐそこです。東洋陶磁美術館の安宅コレクションを住友グループが寄贈したことは以前に申し上げましたが、中之島図書館も明治末から大正にかけて、住友家の寄付により建築されました。
その中央ホールの大銅板には、第十五代住友吉左衛門氏により建館記念の祝辞が掲げられています。
「・・・前略・・・斯の館に入る者は、仰いで国家の盛運を思い、俯して我が府の富源を察し、之を培い、之を養い、諸学理に参じ、益ます功を将来に収めよ。・・・後略・・・」
住友に奉職するものは、みな頭を垂れ、粛然とこの言葉を心に刻みつけて欲しいものです。
松本正義|
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