2012年03月30日 14:43 卒業式


 今年も、母校の一橋大学と後援会長を務める関西看護医療大学の卒業式に出席しました。こうした機会にお話ができるのは光栄の至りであります。僭越ながら社会人の先輩としてアドバイスを述べさせて頂きましたので、かいつまんで紹介します。


 希望に輝く皆さんを見ると45年前のことがよみがえってきます。失敗を恐れず、しかし細心の準備と注意をして、自らの可能性に精一杯挑戦して欲しいと思います。決して近道を行くのではなく、正々堂々と誠心誠意、正面から与えられた課題に取り組むことが結局は信頼につながります。
 住友の事業精神の「萬事入精」を引き合いに出し、これは実践するのは本当に難しいことではありますが、仕事だけでなく、地域や社会、そして家庭においても、あらゆることに全力で取り組む人となって欲しいとお願い致しました。


 そして、最後に、私の好きなLongfellowの「A Psalm of Life(人生讃歌)」の三章を皆さんの門出に朗読し、お祝いとさせて頂きました。


 それぞれの持ち場・立場で一隅を照らし、ゆくゆくは各人のフィールドにおいて、社会において、リーダーになられんことを期待しております。

2012年03月26日 11:39 洲本高校、健闘、延長サヨナラ惜敗


 母校の洲本高校が26年ぶりに春の選抜高校野球に出場しました。阪神・淡路大震災当時に生まれた子供たちが主力で昨年の秋季兵庫大会でベスト4進出の実績を認められ、宮城県の石巻工業高校、北海道の女満別高校とともに21世紀枠での出場でありました。洲本高校の甲子園出場は春3回、夏1回、合わせて4回目となります。1953年選抜優勝校の伝統校であります。


 出場が決まった時からその活躍を楽しみにしておりました。私は高校では家族の勧めもあり柔道部に入りましたが、地元の中学では野球部でピッチャーとして鳴門海峡を挟んだ徳島の中学と何度か試合をした思い出もあり、今回の鳴門高校戦は殊更その活躍を期待しておりました。


 試合は土曜日に雨天順延となり、家でじっくりとTV観戦で応援しました。
 序盤から投手戦、4回表に洲本高校が三塁打で1点を先制し、59年ぶり勝利の期待が高まりましたが、7回に追いつかれ、その後は洲本・島垣投手と鳴門・後藤田投手の好投で1点を争う展開のまま延長戦に突入しましたが、10回裏に惜しくもサヨナラ負けを喫してしまいました。島垣投手が平均打率3割8分の強力打線を低めに鋭く落ちる変化球で抑え、また前半随所に好打も見られただけに惜しい試合でした。
 お互いに選抜優勝実績を誇る名門高校らしく、両チームの選手の皆さんは正々堂々、精一杯戦ってくれたいい試合でした。選手の皆さんお疲れ様でした。


 洲本高校の皆さんは、夏の大会を目指して、この経験を活かしさらに切磋琢磨して、是非とも、夏には、一回り大きくなった洲高野球を見せてくれることを期待しております。

2012年03月22日 13:57 春日祭


 昨年末に「春日若宮おん祭」に日使としてご奉仕したご縁で、3月13日に春日大社の祭礼「春日祭」に参列しました。


 春日祭は嘉祥2年(西暦849年)始まったと伝えられる、伝統と格式のある祭礼です。明治以前は年2回、2月と11月の上の申の日に行われ、申祭(さるまつり)とも呼ばれますが、明治19年の旧儀再興で例祭日が3月13日に定められ今日に至ります。また春日祭は、天皇陛下のご名代である勅使が宮中より派遣され、国家の安泰と国民の繁栄を祈願する勅祭です。


勅使の行列 勅祭のうち、旧儀保存の目的で古式に則り、執り行われるものを特に「三大勅祭」といい、賀茂神社の賀茂祭(葵祭)、石清水八幡宮の石清水祭、そして、春日大社の春日祭の三つをさします。


 春日祭は、古都奈良に春の訪れを告げる行事として、東大寺二月堂修二会(お水取り)とともに、市民に親しまれてきました。ここ2、3年は比較的穏やかな気候だったようですが、例年祭当日は冷え込むと言われる通り、今年は雪まじりの底冷えのする天気となりましたが、参道には大勢の拝観者がお見えでした。


 当日は、故実に則った束帯を着装された勅使一行をお迎えし、厳かな雰囲気の中、祭儀が執り行われました。神職によりお祭りの奉仕、天皇陛下から神様へ奉られる御弊物のお供え等々と続き、その後、神楽の調べがながれる中、和舞(やまとまい)が奉納されました。祭礼の中には、勅使が自ら神様に神饌(神様のお食事)を具えられる、御棚奉奠(みたなほうてん)という最も重要な儀式があり、これは他の勅祭と異なる点とのことでした。


 厳粛かつ神秘的な雰囲気の神事に参列すること約4時間、改めて東日本大震災からの復興、さらには日本の復興を強く祈願いたしました。

2012年03月16日 09:03 関西経済同友会・未来産業委員会の最終提言を終える


 このブログでも何度か紹介しましたが、先週、社団法人関西経済同友会・未来産業委員会の最終提言を委員長として発表しました。
 「未来産業とその発展モデル」をテーマに、関西地域の産業が持続的に成長し、新産業が花開くための要件について2年間に亘り活動、検討してきたものです。


 提言を簡単にまとめると、「ウエルビーイング社会を関西は目指そう、そのためには、未来の主力産業として環境や医療・介護福祉、観光、コミュニティ創成、教育・自己実現支援等の5つの産業領域に力を入れよう」というものです。「ウエルビーイング」を直訳すると「幸福」となり、「ウエルビーイング社会」とは「自己の実現」ができる、よりよい豊かな社会とでもいいましょうか、よりよく理解してもらえるように12項目に亘り、定義することになりました。


 より具体的な産業に対する提言を期待された方もおられたかもしれませんが、あるべき、或いは、めざすべき姿として「ウエルビーイング社会」というビジョンを描き、そうしたものに沿った産業がどのようなものであり、併せてそれら産業が花開く土壌は如何にあるべきかをまとめたフレームワークは、特徴的であったのではないかと自負をしています。


 詳しい提言内容は、関西経済同友会のホームページに掲載されておりますので、詳細は割愛しますが、非常に難しいテーマで委員会の皆さんとは何度も議論を重ね、何とか提言をまとめることができました。関係者の皆様には本当に感謝申し上げます。また、委員会活動にご理解頂き、講師をお引き受け頂いた方々に厚く御礼を申し上げます。


 提言内容は、特に学生を含め若い方々が、これらの提言を活かして新事業を生みだして下さることを期待しています。

2012年03月12日 17:11 東日本大震災から1年


 多くの尊い人命が失われた東日本大震災から一年。未だに不自由な生活を余儀なくされる方々が多数おられ、改めて衷心よりお見舞い申し上げます。


 2月下旬に仙台へ出張しました。空港周辺の陸には、未だに船が横たわり、岩手、宮城、福島の3県のがれき処理の進捗度は5%といわれていますが、残念ながら復旧・復興の遅れが目立っていました。企業の休業・廃業件数は、阪神大震災の3倍、4倍にも上ると言われています。新聞やTVの報道を見るにつけ、胸を締め付けられる思いがいたします。


 政府においては、早期復興に向けて、強いリーダーシップを発揮頂くとともに、現場、現物、現実の三現主義の徹底により、産業・雇用の創出や災害に強い街づくりなど、12年度予算案を含めた復興予算(約18兆円)を、的確かつ効率的に執行されることを願っています。
 また、原発事故の収束は未だ予断を許さない状況にあり、住み慣れた地を離れ過ごさねばならない方々のお気持ちを察するに本当に心が痛みます。国を挙げて、世界に誇る科学技術や英知を集めた対策ときめ細かい心がこもった対応をお願いする次第です。


 当社グループでは、岩手県、栃木県、茨城県等で複数の事業所が被害を受けましたが、関係者の努力で復旧が進み、現在は通常通り操業を行っております。また震災直後から最前線の東北支店(仙台)を中心に、お客様、関係会社と共にインフラ復旧に向け、最優先で資材供給を続けて参りました。今後も、社会基盤を支える製品・技術で、被災地の復旧・復興に貢献をしていきたいと考えております。


 昨年末、春日大社の若宮おん祭りで日使のご奉仕をいたしましたが、今回は、通常の祈願に、東日本大震災と台風12号災害からの復興祈願(別願)も加わりました。
 愛する人や家財を失った方々、故郷を離れなければならなかった方々のお気持ちを慮ると、安易な激励はできません。
 しかし、かつて日本は敗戦の焦土から奇跡的な戦後復興を遂げました。今一度、「進取の気性」「革新的能力」「大いなる冒険心」「目的達成指向の強さ」という日本人の特性を発揮し、困難に立ち向かう強い意志と目的意識があれば、必ず復興は成し遂げられると思います。
 私たち産業界をはじめ個人一人ひとりが、震災からの復興、日本の復興について、引き続き力を合わせて取り組まねばなりません。

住友電気工業(株)社長 松本正義

1944年生まれ、兵庫県出身。
1967年住友電工入社。中部支社長、常務取締役、専務取締役を経て2004年6月社長就任。
趣味はジョギング、読書、絵画鑑賞など。中学時代は野球、高校では柔道、大学では陸上競技のやり投げ選手としてインターカレッジ出場経験もある。

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