2014年03月28日 10:00 思いもかけず・・・


 思いもかけず、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの組織委員会の理事を拝命しました。果たして社業と両立できるのか、大いに不安ではありますが、「これも貴重な経験」とポジティブに考え、お引き受けすることにしました。微力ではありますが、「萬事入精」の精神で頑張りたいと思います。

 前回の東京大会は、今からちょうど半世紀前の1964(昭和39)年。その頃の日本は、「高度経済成長」と呼ばれた右肩上がりの時期でした。OECD(経済協力開発機構)にも加盟するなど国際舞台への復活も遂げつつある中、オリンピックは東海道新幹線とともに、「戦後日本の復興」を広く世界に知らしめるシンボリックなイベントとなりました。当時、大学の陸上部に所属していた関係で、大会の裏方にかり出されていた私も、世界中から集った選手が国立競技場で躍動するのを見ながら、「敗戦国日本がようやく世界から認められた」との感慨を覚えたものです。

 翻って「50年後の日本は」といえば、政治・経済面では新興の国々に押されることもままあり、国際的なプレゼンスも低下しています。高齢化も進行し、東日本大震災・原発事故からの復興など課題も山積。今はアベノミクスで少し息を吹き返していますが、盛時の勢いを取り戻すには至っておりません。

 そんな中で動き出した東京大会。今はまだ、経済効果への期待や思惑と、「被災地の復興が忘れられるのではないか」「東京一極集中がますます加速する」といった心配とが交錯しています。選手に存分に実力を発揮してもらえるような大会にすることが大前提ですが、この機会に、今の日本が抱えるさまざまな課題の解決に向けて知恵を出し合いたいものです。2020年まで、あと6年。時間はあるようで、ありません。

2014年03月14日 18:05 東日本大震災から3年


 2011年3月11日。私は出張先の東京から大阪に戻り、午後、社外での会合を終えて帰社したところでした。突然、執務室がミシっといったかと思うと、ユラユラユラと相当長い時間揺れました。急いでテレビをつけると「東北地方で大きな地震」とのテロップが流れており、すぐにお客様や東日本の関係会社の状況を確認しようとしましたが、詳しいことはわからず、そうこうするうちに、テレビで津波の映像を見て言葉を失いました。

 あれから3年。まだ27万人もの方々が避難生活を余儀なくされています。また、進まぬ再開発や地域振興策、防災対策の難しさ、先の見えぬ原発事故処理など、さまざまな難題が報じられるにつけ、この未曾有の国難が遺した爪痕の大きさを思い知らされます。

 しかし、これら膨大な課題を乗り越えるべく、住民の皆さんをはじめ、自治体、国、企業など、多くの関係者の方々が日々懸命にご尽力されていることも、報道などで伝えられてきます。記憶は時の経過とともに薄れ、また大量の情報に埋もれてしまいがちですが、国民一人ひとりが、あの日体験したこと、あれ以降見聞きしたことを心に留め、復興に向けて、それぞれの立場でできることに引き続き取り組んでいければ、と改めて思った次第です。

2014年03月04日 13:30 「びわ湖」に春は・・・


 3月2日(日)には、「第69回びわ湖毎日マラソン」が開催されました。当社は、琵琶湖に春を告げるこの大会を、昨年に引き続いて特別協賛させていただきました。

 今回も国内外から有力選手が集まりましたが、やはり一番の注目は「最強の市民ランナー」川内優輝選手(埼玉県庁)。最近の国内大会でも軒並み優勝あるいは上位入賞しており、安定感は抜群です。今回も「2時間7分台を狙う」と宣言、前日に開催された「激励の夕べ」でも、表情は自信に充ち溢れていました。

招待選手を激励。握手しているのは川内選手

 さて、明けて大会当日。当社社員も大勢駆けつけ沿道で応援してくれましたが、私自身は、表彰式に備えてゴールの皇子山競技場で待機。スタートを見送った後は、留守番役も兼ねて控室のテレビで応援です。

 心配された雨も降らず、ときおり青空も見える応援日和でしたが、選手にはやや暑かったようです。先頭集団にくらいついていた当社の藤山哲隆・藤村行央両選手も15キロ付近から遅れ始め、最終的には藤山選手は自身のベストタイムからも大きく遅れて29位、初マラソンの藤村選手も健闘しましたが30位でのゴールとなりました。

ゴール目指して競り合う藤山選手(左)と藤村選手

 折り返し点を過ぎてから、頼みの川内選手も遅れ、30キロ付近で3人に絞られた先頭集団から、最後はウォルク選手(エチオピア)が抜け出して優勝しました。第57回大会(2002年)以来遠ざかっている日本人選手の優勝は、またもお預けとなったばかりか、全般的に記録も平凡であり、残念ながら「日本男子マラソンの春」はまだ少し先かなと感じました。ただ、ゴール手前で一人抜いて2位となった佐々木悟選手(旭化成)、そして途中大きく順位を落としながらも挽回して4位に入賞した川内選手の粘りは素晴らしいものでした。

藤山選手(左端)、藤村選手(左から2番目)の健闘を労いました

 レース後、当社の藤山・藤村両選手は、それぞれに悔しい思いを語ってくれました。先日、増田明美さんがおっしゃっていたように、失敗は足りないものを教えてくれます。この悔しさをバネに、今後さらに成長してくれることを期待しています。

 ともあれ、今回も無事大会は終了しました。応援して下さった皆さん、どうもありがとうございました。スタッフ、関係者の皆さん、お疲れさまでした。

住友電気工業(株)社長 松本正義

1944年生まれ、兵庫県出身。
1967年住友電工入社。中部支社長、常務取締役、専務取締役を経て2004年6月社長就任。
趣味はジョギング、読書、絵画鑑賞など。中学時代は野球、高校では柔道、大学では陸上競技のやり投げ選手としてインターカレッジ出場経験もある。

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