2012年05月25日 16:00 朝日新聞「寛彩人」その5


朝日新聞大阪本社版 関西総合 2012年4月29日掲載「寛彩人」【5】
「新社会人の皆様へ」


 前略
 光陰矢の如し。4月で会社生活丸45年になりました。
 一人で放り込まれたシカゴから33歳で帰任し、米国に販売会社設立を、と訴えると「海外かぶれ」と一蹴されました。15年後、今度はロンドンから戻り、電装品など自動車関連製品の研究会社設立を提案。これもローテクだのリストラ分野だのと反対されましたが、その後、粘り強く説得。ともに実現し、今日の事業につながっています。
 2度の海外を含め常に新しい環境、異なる分野に身を置いてきました。苦楽相半ばですが、新社会人の皆様のお役に少しでも立てれば、と筆をとります。


 最初は戸惑いつつ、3日・3週間・3カ月・3年と区切り、目標を作りました。引き継ぎ書を読み上司と対話する。一つ先の立場で考えれば視野も広がります。実行段階では周到な準備、目標達成への情熱と執念が必要だと痛感しました。
 立場に応じ手法が変わっても、基本は完遂する意欲を自他に示すことです。陰日なたなくベストを尽くす。誠心誠意、真面目に、正々堂々は「信用と信頼」を得る要所です。
 

 売るための戦略がなければ、商売は成り立ちません。「原則論なき手法論」を極力避けるよう心掛けました。車で全米を行商した1970年代、「現場・現物・現実」の三現主義に基づき、「大きな機械を使う米国では小型切削工具は売れない」と主張し、画一的な本社と衝突。時には米国詩人ロングフェローの人生讃歌を口ずさみ、より良い明日を信じ努力しました。


 あるべき、ありたいと思ってきた人生訓は「自然体」と「平常心」です。人生には思いもよらぬことも起こります。対応は付焼刃でなく、一貫していなければなりません。教養を高め、偏狭な独断的思考に陥らぬよう努力し続けることが肝要です。健康に留意され、堂々と人生を歩まれますよう祈念します。

草々


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2012年05月23日 11:15 朝日新聞「寛彩人」その4


朝日新聞大阪本社版 関西総合 2012年4月22日掲載「寛彩人」【4】
「平和を願う心は同じ」


 名古屋市東山地区の一角にある平和公園は、戦後復興を進める都市計画の一環として、市内に点在する279寺から墓石約19万基が移転されました。今では緑豊かな市民の憩いの場となっています。かつて近くに住み、よく散策したものです。


 園内の小高い丘に、平和堂という美しい緑の釉掛本瓦葺(ゆうかけほんかわらぶき)の屋根をもつ高さ23メートル、基壇の一辺7メートルの中国風の四角い御堂が建立されています。小壁面には戦争の悲惨さ、虚しさが表現され、大壁面には平和と生きる喜びを表す母と子の浮き彫りが、そして四隅には浄美、意志、母性、英知を意味するガンダーラ調の石像が配されてます。基台部の青龍(東)、朱雀(南)、白虎(西)、玄武(北)のダイナミックな浮き彫りとともに、目を楽しませてくれます。


 御堂内部には高さ4メートルの木彫で、全身金色に彩色された千手観音像が安置され、お彼岸とお盆にご開帳されます。説明文によると、もともと中国・南京市の毘盧寺法堂に蔵されていたものです。戦火さなかの1941(昭和16)年に平和を願う名古屋市民が、日中戦争による両国犠牲者の冥福と両国の親善、人類永遠の平和を祈って、市内唐山にあった高さ10メートルの木造の十一面観音像を南京市に贈ったところ、南京市民から答礼として贈られてきたとあります。


 37(昭和12)年7月7日、盧溝橋事件に端を発した日中戦争は、太平洋戦争へと拡大し、8年後の敗戦まで泥沼化しました。この観音像の交換を、日本軍部による人心安定の工作と見る向きもありますが、激しい戦いのさなか、憎しみを越えた普遍的な人間の真心、特に平和を願う心の存在を、両国の一般市民が実証したものだったのではないでしょうか。
 そうした史実を思い、慈愛に満ちたご尊顔を拝するに、一国のリーダーは国家運営という重い責務を真摯に受け止め、誤りなく国民を導くことに努めなければならないと思うのです。


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2012年05月21日 13:30 朝日新聞「寛彩人」その3


朝日新聞大阪本社版 関西総合 2012年4月15日掲載「寛彩人」【3】
「崇高なる精神 いまこそ発揮」


 経営者の判断力、真の手腕が問われる自己責任経営の時代です。その契機は、1ドル=200円台の円安ドル高時代を終わらせた1985年のプラザ合意でした。膨大な貿易黒字を稼ぐ日本企業のパワーに当時、世界は震撼。停滞する米国経済を尻目に「Japan as No.1」との最高評価を受け、「もはや欧米に学ぶものなし」と豪語する経営者も現れました。しかし、栄華はつかの間でした。


 バブル崩壊を経て、国内経済は暗く長い閉塞状態「失われた20年」に突入。そして現在、円高、電力不足など六重苦に直面する企業は活路を求め海外へシフトし、2015年には経常赤字化も予想されています。国内総生産(GDP)の2倍の政府債務を抱えるのに、政治はバラマキを繰り返し、首相交代は年中行事のような有り様です。


 戦後の壊滅状態からGDP500兆円の経済大国へ駆け上がった日本。85年以降を顧みるにつけ、その原動力となった国民の深層に脈々と流れる精神的特性を、明確に再認識する時期を迎えていると思います。


 「21世紀は日本の世紀」と言った米国の未来学者ハーマン・カーン博士が68年に来日。戦後の復興を信じ、奇跡的な発展を遂げた当時の日本人の精神構造を、的確かつ客観的に指摘しました。いわく「進取の気性」「旺盛な冒険心」「革新的指向」「高い教育水準と向上心」「目的達成意欲」であると。また、「日本人は目標の達成と国家の栄光をオーバーラップさせる」とも述べています。


 東日本大震災で、他者を避難させ自らは犠牲になった方々、愛する人や家財を失った人々がなお、秩序を守り食料を分かち合う姿に、世界から称賛が寄せられました。カーン博士の言が今も生き続けていることに一縷の望みを感じます。今こそ、日本人に宿る、個より全体の利益や調和を大事にし、いかなる困難にも立ち向かう崇高な精神を発揮する時だと思うのです。


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2012年05月18日 11:10 朝日新聞「寛彩人」その2


朝日新聞大阪本社版 関西総合 2012年4月8日掲載「寛彩人」【2】
「リーダーよ、経営に人間愛を」


 人生冥利とは何か。
 様々な方に出会い、助け、また助けられた人生の来し方を振り返って考えます。
 自らを駆り立てて夢やロマンの実現を目指し、志を高く持つこと、「花も嵐も踏み越えて」一度の人生に賭けることが、とりわけ活気ある幸せな生き方であり、人生を楽しむ秘訣ではないかと思います。


 もちろん胸に秘めた夢のすべては実現できません。一つが消えても、次の夢へひたむきに努力する。実現できなくとも努力していく過程が貴重であり、納得のいく人生が送れるものだと思うのです。
 夢の前には厳しい社会状況が立ちはだかります。しかし、キング牧師の演説<I have a dream>は多くの米国人に夢を与え、社会は大きく変化しました。リーダーの行動や発言は、社会に大いに影響を及ぼし、他者の夢の実現にも大いに関係してきます。


 新自由主義がもたらした今日の営利至上主義は、格差を広げ不公平・不安定を増長させました。社会から相互信頼の絆が消えつつあります。若者が将来に失望し、夢が持てない社会の末路は推して知るべしでしょう。
 特に、付加価値を生みだす産業界のリーダーは、社会構造に対して潜在的な影響力を持つことを改めて自覚すべきです。資本主義が今後も社会に最大幸福をもたらし続けるには、リーダーの経営理念に修正が必要となるのではないでしょうか。


 英ビクトリア朝の思想家カーライルは、産業革命後の厳しい格差社会を憂え、「金銭関係に基づく自由放任主義は人間相互の精神的な絆に取って代わられるべきであり、雇用主と労働者間の道義的関係を取り戻すべきだ」と著しました。いささかドン・キホーテ的かもしれませんが、営利至上主義の弊害を排し、人間愛に基づいた「経営騎士道」の精神を、少しでも経営に組み込んでいく必要があるのではないかと愚考します。


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2012年05月16日 14:00 朝日新聞「寛彩人」その1


 先月の日曜日5週連続で、朝日新聞・関西総合面のコラム「寛彩人」に、私の寄稿が掲載されました。当ブログへの転載許可を頂きましたので、5回に分けて掲載いたします。
 尚、掲載にあたりましては、朝日新聞社大阪本社編集局経済部の鈴木直哉様、永島学様に大変お世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。


 朝日新聞大阪本社版 関西総合 2012年4月1日掲載「寛彩人」【1】
 「こんな時代こそ教養の出番」


グローバル化が進み、技術も日進月歩の現在、考慮すべき変数は増え、かつ個々には専門性も求められます。直面する問題が大規模かつ複雑になるほど、生来の素質と専門知識だけではなかなか妙案が浮かばない、あるいは周章狼狽する、といったことが往々に見られます。
 閉塞感が覆う現代で、専門知を繫ぎ、方向を定める。特に非日常的、非定型的な問題に、比較的誤りなく方向性や有効な解決策を導く素地となるのが教養(リベラル・アーツ)です。


 思いがけない事柄にも、安定し信頼のおける考えを持ち、原則論なき方法論を振りかざさない――感服致した方々に共通する不思議な魅力の源は、高い水準のリベラル・アーツです。
 では、いかにしてそれを身に着けるべきか。時間はかかりますが、人類の知的遺産「古典」が提起するテーゼに対峙し、自問自答する訓練が必要です。


「混沌とし不確実性に満ちた時代だからこそ、正々堂々としたリーダーに育ってほしい」。母校一橋大の卒業式で未来を担う若人に、自省も込め言葉を贈りました。一歩踏み込んで「気骨ある異端児であれ」とも。
 気骨とは、困難を恐れず勇気と迫力をもって状況を突破しようとする心です。異端児とは、人と違う角度から解決への道筋を発想できる人を指します。リベラル・アーツで奥深い人間性を養い、孟子の「自ら反みて縮くんば、千万人と雖も吾往かん」(自ら顧みて正しければ、相手が一千万人でも敢然と進もう)の気概を持とうではないか。


 大学教育について種々議論がされています。専門知識の習得、グローバル化への対応も重要ですが、万国共通であり、不易の精神基盤を構築するリベラル・アーツ教育についても、一考すべき時期だと考えます。


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住友電気工業(株)社長 松本正義

1944年生まれ、兵庫県出身。
1967年住友電工入社。中部支社長、常務取締役、専務取締役を経て2004年6月社長就任。
趣味はジョギング、読書、絵画鑑賞など。中学時代は野球、高校では柔道、大学では陸上競技のやり投げ選手としてインターカレッジ出場経験もある。

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