林 哲也

定説は疑ってかかり、自ら考え抜く 次世代通信の世界を拓くマルチコア光ファイバの開発

研究者として成長できる環境

大学院では光ファイバセンサーの研究に取り組みました。光ファイバセンサーは、光ファイバ中を伝搬する光の反射成分の変化を読み取ることで、光ファイバに沿った連続的な分布情報、たとえば温度や歪みなどをリアルタイムで正確に測定することを可能とするセンサーです。光の波としての性質に、科学的な面白みを感じて取り組んだ研究でした。修士課程を修了後は、アカデミアとは異なるフィールドで研究に取り組むことが、自身の成長を促すと考え、民間で研究者になる道を志向しました。

入社後、大学院の研究室の延長で光ファイバセンサーの研究開発に携わりましたが、結果の予測できる開発に物足りなさもありました。自分にとっての未知なるもの、新たなものに取り組みたい、そんな気持ちを抱いていたとき、光ファイバ自体の研究にアサインされたのです。現状の通信用光ファイバの性能向上の研究開発を経て、現在に続く研究テーマである、マルチコア光ファイバ(MCF)の研究につながっていきます。

通信伝送容量拡大への挑戦

光ファイバは、周知のように光信号を伝送するための非常に細い線です。光ファイバの登場によって、情報伝達のスピード、容量は飛躍的に拡大し、インターネットに代表される、今日の高度情報化社会の根幹を支えています。しかし動画配信やスマートフォンなど、様々なネットワークサービスの登場により、ネットワークを流れるデータ量は年々増加しています。これまで、波長分割多重※など多様な革新的技術によって、伝送量拡大に向けた改善が続けられてきましたが、従来のシングルモード光ファイバ(SMF)では伝送容量の限界に近付きつつありました。

SMFはコアと呼ばれる中心部をクラッドと呼ばれる層で覆った同心円状になっており、光はコアの中にただ一つあるモード(光の通り道)に閉じ込められて伝わっていきます。SMFの限界を打破するために、光ファイバの中の光の通り道を増やす「空間分割多重」の研究がはじまりました。このような研究動向の中で、私はMCFに着目し研究開発を進めてきました。クラッド内に一つのコアを有する従来の光ファイバに対して、MCFは一つのクラッド内に複数のコアを備えたものであり、飛躍的に伝送容量の拡大が見込まれます。しかし複数のコアを備えることから、SMFには見られなかった特性劣化が懸念され、それを抑制できるかどうかが、実用化に向けた大きな課題となりました。

※波長分割多重:複数の信号をそれぞれ異なる波長の光で搬送し、光ファイバ1本当たりの伝送容量を増加させる伝送技術。

※波長分割多重:複数の信号をそれぞれ異なる波長の光で搬送し、光ファイバ1 本当たりの伝送容量を増加させる伝送技術。
※波長分割多重:複数の信号をそれぞれ異なる波長の光で搬送し、光ファイバ1 本当たりの伝送容量を増加させる伝送技術。

とことん考え抜き、こだわり続ける流儀

問題の一つはコア間で信号が干渉し合うクロストーク(XT)が発生し、通信品質が劣化することでした。実験から、従来の理論予測よりも遥かに大きなXTが発生することを発見し、これがファイバの曲げにより生じるコア間での光の波のずれに起因することを見いだし実証した上で逆に、曲げによる光の波のずれを活用することでXTを抑制する手法を開発し、2011年に情報通信研究機構ほかと共同で世界で初めてSMFの容量限界とされる100Tb/sを超える容量での伝送実験に成功しました。最新の成果では、(株)KDDI総合研究所との共同研究において、XTの抑制に加えて、各コア内のモードを増やしてモード分割多重をおこなうことにより、SMFの容量限界とされる100Tb/sのさらに100倍(10Pb/s)を超える大容量伝送を実現するに至っています。

このほかに、Bell Laboratories(現Nokia Bell Labs)と取り組んだのが、XTを許容して、受信器で元に戻す方法です。XTを許容することでコアをより近づけられるため、現在の標準的な光ファイバと同じ太さでも大きな容量を実現できる利点がありますが、光の通り道の違いによって受信する信号にタイムラグが生じ、情報の復元に多大な計算を要することが大きな課題でした。そこで独自に、信号のタイムラグを大幅に抑制可能なMCF設計を実施し、試作検証により10,000kmを超えるような超長距離伝送においても十分実用に耐え得ることを実証しました。また、この試作においては当社が得意とする極低損失光ファイバ製造技術を適用可能な設計をおこなうことで、製造技術者の尽力により、高品質な極低損失SMFに比類する低損失も同時に実現することができました。

このような光学特性の面でも優れた長距離大容量伝送に適した結合型マルチコア光ファイバを、標準的な125μmの光ファイバ外径で実現したことが、伝送性能の面でもガラスファイバの機械的信頼性の面でも将来の通信トラフィック増大に対して、十分に実用に耐えうる現実的な解を提示したものと評価され、米国光学会からの受賞につながったと考えています。研究者としての一つの節目となった研究であり、現在は、これら研究成果の実用化・量産化に向けた取り組みを進めています。

私が研究者として常に意識していることは、新しい事象や課題に突き当たったときに、定説や、教科書となるような論文・書籍などにも、見落としや抜けがないか、自分が理解・納得するまで検証し、考え抜くことです。

研究は、常に未知なものや新しいことと出会い、それを明らかにしていく世界です。時には、困難な高い壁が目の前にそびえていることもあります。それらを突破するためには、とことん考え抜き、物事にこだわり続けること。それが私の研究者としての流儀です。そうしたスタンスで、技術の進化を促し、広く社会を支える技術・製品を生み出す研究者に成長していきたいと考えています。

PROFILE

林 哲也 Tetsuya Hayashi

2006年
住友電気工業(株)入社。光通信研究所配属。以来、現在に至るまで一貫して光ファイバの研究開発に従事

2009年
マルチコア光ファイバの研究開始

2013年
マルチコア光ファイバの研究で博士号取得

2016年
「長距離大容量伝送に適した結合型マルチコア光ファイバの開発」により、米国光学会で、日本人として二人目となる「The Tingye Li Innovation Prize」※を受賞

※The Tingye Li Innovation Prize:光通信関連で世界最大の国際会議であるOFC(Optical Fiber Communication Conference)と、レーザ・光エレクトロニクス関連で世界最大規模の国際会議であるCLEO(Conference on Lasers and Electro-Optics)において、それぞれ毎年1名の最も革新的なアイデアを提示した39歳以下の若手研究者に授与される賞

林 哲也

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