勝ち続けるためのマネジメント

勝ち続けるためのマネジメント

渡辺康幸(住友電気工業陸上競技部監督)×原 晋(青山学院大学陸上競技部監督)×松本正義(住友電気工業取締役会長)

自身もかつてアスリートであった取締役会長の松本正義は、世界に通用するトップアスリートを養成するため、 2015年に渡辺康幸・前早稲田大学競走部駅伝監督を住友電工陸上競技部監督に招聘、部の強化を進めている。 今回は特別企画として、箱根駅伝*4連覇を達成した青山学院大学陸上競技部監督・原晋氏を招き、 リーダーの条件や勝ち続けるためのマネジメント、組織のあり方など、それぞれの視点から、3人に大いに語ってもらった。
人材の育成、組織運営、目標の設定など、スポーツとビジネスは共通点が多い。

* 東京箱根間往復大学駅伝競走

箱根駅伝4連覇の偉業 その背景にある哲学とは

―――原監督は、箱根駅伝において、2015年の初優勝以来、史上6校目となる4連覇を達成されました。まずは、4連覇に至るご苦労、指導者としての想いをお聞かせください。

原:
私は2004年に青山学院大学陸上競技部の監督に採用され、2018年4月で15年目になりました。就任当初からの指導を振り返って、組織の進化には4つのステージがあることに気づきました。その間、特に苦労したと感じるのはステージ1となる最初の5年間だけで、それ以降は選手とともに夢を追いかけてきた楽しい時間と感じています。最初の5年間で徹底したことは“哲学”を定着・共有するということでした。具体的には、行動指針として掲げた3ヵ条「感動を与える人間になる」、「今日のことは今日やる」、「人間の能力に大差はなく差が生まれるのは熱意」です。選手によって課題は千差万別ですが、常にこの行動指針に基づいて様々な角度からやり方を模索し、箱根駅伝を目指してきました。私がずっと言い続けてきたのは、何でも発言していいということ。提案して、意見を言い合える環境・風土の醸成に努めてきました。意見を言い合える土壌であることで組織に安心感が生まれます。私の実感で言えば、哲学を共有すればチームが崩れることはありません。

チームをつくる4ステージ

ステージ1 部員に知識や技術を細かく教えていく段階
ステージ2 スタッフを養成して少しずつ権限を与える段階
ステージ3 部員の自主性を重んじる段階
ステージ4 部員に責任を与えていく段階

松本:
私も中学校は野球部、高校は柔道部、大学は体育会陸上競技部に所属し、やり投げでインカレに優勝するなど、スポーツに親しんできました。先ほどのチームをどういう方針で強くしていくかという点で、監督の言われることは理解できますが、実業の世界では一筋縄でいかない部分もあります。当社は、創業から120年を超えましたが、この間、一企業ではどうにもならないことが、本当に色々ありました。第二次世界大戦はもちろん、ニクソン・ショックやオイル・ショック、最近でもリーマン・ショックという大きなリセッションがありました。そうした中、一つひとつのプロジェクトを進めるにあたっては、原監督が言われる行動指針や哲学の共有は、正しいあり方だと思います。しかし、たとえば住友電工グループは、現在約40ヵ国に25万人以上の社員を擁していますが、物理的に社員全員と哲学や行動指針を共有することは難しいわけです。そういう中でも、プロジェクトリーダーが、監督の言うようにやっていけば大枠として成功すると思いますが、すべてが成功するとは限らないのが実業の世界。ただ、リーダーがどのようにチームや組織を強くするかという点で、スポーツと実業の世界に違いはあるものの、監督の言われることはよくわかります。

渡辺:
原監督のチームのあり方についての考えには共感します。現在のスポーツの指導は、精神論でやみくもに練習するといった旧態依然の方法ではなく、指導者が正確な知識を持ち、正しい練習を効率的に行うことが必要です。原監督はそれを実践されていると思いますし、私も同じ考えです。ただ根底には、根性、努力といった精神面での強さを鍛えることは、絶対必要なことだと思っています。実際、青山学院大学の練習も、量、質ともに相当高いレベルでこなしています。そうでなければ4連覇はできない。企業でも、必死に頑張る社員がいなければ企業の成長はない。その根底にあるのは、あくなき向上心や強い達成意欲といった強靭な精神力であり、それはスポーツ競技でも必要な要素だと思います。

原:
私が監督に就任した時、渡辺監督からはいろいろ教えてもらいました。当時我々は弱小軍団で、渡辺監督率いる早稲田大学は常勝軍団でしたから。ライバル関係ではあったものの、一緒に日本の陸上競技を強くしていこうと、様々な場面で意見交換をし、お互いに切磋琢磨してチーム作りを進めてきました。私の考えも、渡辺監督から多くの示唆、影響を受けていると思います。  

原 晋 Susumu Hara
原 晋 Susumu Hara

原 晋
Susumu Hara

青山学院大学陸上競技部監督(長距離ブロック)。1967年生。広島・世羅高校では主将として全国駅伝準優勝。その後進んだ中京大学では、3年生の時に日本インカレで5000m3位。1989年、中国電力陸上競技部一期生で入部。5年で選手生活を終えた後、ビジネスパーソンとして実績を築く。2004年、チーム育成10年計画プランのプレゼンを買われ、青山学院大学陸上競技部監督に着任。2009年、33年ぶりに箱根駅伝に出場。2015年には、同校を箱根駅伝初優勝に導いた。以後、2018年まで4連覇という偉業を達成している。

知力、体力、胆力 「気骨ある異端児」

―――スポーツチームにおいても会社組織においても、リーダーは重要なポジションだと思います。リーダーに求められることはどのようなことでしょうか。

原:
私が考えるリーダー像は、チームの状態が悪い時に元気を出せる人であり、どうしたらできるか、良くなるか、その理屈を考えられる人。別の側面から言えば、“少年の心を持ったおっさん”というか、“やんちゃ”であることが必要だと思います。また当たり前かもしれませんが、リーダーは性根が悪い人間はダメ。私はこれまで学生目線に立って、歩み寄って一緒に将来の夢を語り合ってきましたが、その継続がリーダーの育成にもつながっていると思います。大前提にあるのは、お互いにハッピーな顔を見ようということ。それを共有することでリーダーは育っていくと感じています。また、チームや組織において、何か方針を決めるうえで、メンバーを束ねていくには、3割の賛同を得て物事を進めていくことがポイントだと思います。チーム内で一つの意見を出すと、3割が賛成、3割反対、3割どうでもいい、1割何も考えていないと思います。全員に良い顔はできませんし、ハレーションが起こることもあるかもしれません。しかし、3割の賛同があれば、その方針に基づいて難関を突破していけると思います。

松本:
おっしゃる通りで、品性、人柄が悪い人間はリーダーになれません。「徳・仁・礼・信・義・智」という徳目がありますが、その中でも特に、「仁」すなわち「思いやりの心」はリーダーに必須です。原監督は、これら徳目を備えているのだと思いますね。また私は、かねがね「気骨ある異端児」がリーダーに相応しいと申し上げています。「気骨」とは、困難を打ち破る気迫と勇気のことであり、「異端児」とは、目標がある中で他人とは違った角度から物事を柔軟に発想できる人。そして住友事業精神にある「萬事入精」という言葉の通り、徹底的にやり抜き、結果を出すことができる人。リーダーたるもの、己を虚しくして、組織のために働いて結果を出していくものです。これは極めて重要なことであり、それは実業もスポーツも同様だと思います。

渡辺:
私は、世界に通用するランナーを育てることをミッションに、住友電工の陸上競技部監督に就任しましたが、今までの経験を踏まえて言うと、リーダーには鋭敏な感受性が必要だと思います。鈍感な人では務まりません。スポーツ選手、特に個人競技の選手は往々にして、個性が強い人が少なくありません。リーダー、あるいはキャプテンはそういった人たちを束ねていく必要があります。したがって、物事の雰囲気を敏感にキャッチして適切に対応していくことが、リーダーには求められます。私が監督として箱根駅伝で優勝した時は、そういったタイプの選手がキャプテンでした。

松本正義 Masayoshi Matsumoto
松本正義 Masayoshi Matsumoto

松本正義
Masayoshi Matsumoto

住友電気工業取締役会長。1944年生。1967年住友電気工業入社。1973年米国シカゴ駐在、85年英国ロンドン駐在。帰国後、自動車企画部長、中部支社長を経て、1999年常務取締役、2004年代表取締役社長に就任。その後13年間にわたって経営の舵を取る。2017年、現職に就任。現在、関西経済連合会会長、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会理事、2025日本万国博覧会誘致委員会の会長代行などの要職も担う。また、公益財団法人日本陸上競技連盟評議員、公益財団法人ワールドマスターズゲームズ2021関西組織委員会会長、一般財団法人大阪陸上競技協会会長も務め、約3万人のランナーが参加する国内最大級の都市型市民マラソン大会「大阪マラソン」の組織委員会会長でもある。

自分で目標を立て達成する 自律の精神の重要性

―――原監督や渡辺監督は、ゆとり世代と呼ばれる若手の選手を育成されています。彼ら若手の力を引き出すためにはどのようなことが必要なのでしょうか。

原:
各方面からゆとり教育の弊害が指摘されていますが、私自身はゆとり教育の理念に賛同しています。その本質は、自分自身を客観視して自分で目標を立てて達成させる活動です。上意下達の指導ではなく、責任を持って実行させるのが、ゆとり教育。詰め込みからゆとりへ、教育の大きな転換でもありました。ただ問題だったのは、こうした指導、教育ができる指導者が少なかったことであり、まずはゆとり教育を理解して、適切に対応できる指導者を養成すべきでした。そこが省かれたため、結果として、さぼり教育になってしまったと思っています。スポーツの分野では、野球の大谷君やスケートの羽生君、テニスの錦織君など、ゆとり世代からスーパースターも生まれています。目標を掲げその実現に向けて取り組むという、ゆとり教育の成果の一つだと思います。一方、団体競技の一部では忍耐力や協調性に欠けるなど、ゆとり教育の欠点が表れた部分もあります。好き勝手と自主性は異なるという認識が欠けている選手も見受けられます。

渡辺:
私が実際の指導現場で感じるのは、練習において、効率的と楽をすることとを履き違えると、決して強くなることはありません。強くなるためには、より質の高い練習を、他人よりも多くするという努力が必要です。また、その道を究めるためには、自分自身と向き合える、武士道的な精神が根底にあり、その上で良い指導者との出会いが、トップアスリートになる道だと思います。大谷君、羽生君、錦織君も、その点は同様だと思います。

松本:
ゆとり世代であるかどうかにかかわらず、彼らは自らを律していく志を持った若者だと思います。Autonomy(自主性・自律性)です。自分の才能を活かし伸ばすためには、自分に対する厳しさが求められます。その必要性を指導者は自覚し、選手に伝えていくことが必要だと思います。先日、米国オレゴン州ポートランドのナイキ本社を訪問したのですが、創業者のフィル・ナイトさんも同じことを言っていました。「世界に通用するランナーを育てるためには徹底的に練習をしなければならない」、「自分で練習の内容を考えることができなければ強くなれない」とも言っていました。彼は元々陸上の選手であるからこそ、よくわかっている。これはスポーツに限らず、実業の現場でも同じことだと思います。  

渡辺康幸 Yasuyuki Watanabe
渡辺康幸 Yasuyuki Watanabe

渡辺康幸
Yasuyuki Watanabe

住友電気工業陸上競技部監督。1973年生。市立船橋高校時代、全国高校駅伝2年連続1区区間賞を獲得。早稲田大学進学後、大学駅伝総合優勝に貢献、ユニバーシアード競技大会10000mにおいて、93年に銀メダル(バッファロー開催)、95年に金メダル(福岡開催)を獲得した。1996年エスビー食品入社後、アトランタオリンピック10000m日本代表となる。2002年現役引退後早稲田大学競走部駅伝監督に就任、指導者として箱根駅伝、出雲駅伝、全日本大学駅伝でそれぞれ優勝に導き、大学駅伝3冠を達成。2015年より現職。

「I have a dream」 夢を追いかける大切さ

―――原監督は箱根駅伝で4連覇を達成し、松本会長は社長時代、住友電工を大きく成長させました。お二人とも、リーダーとして組織を引っ張り、結果を出してこられました。チームや組織が、結果を出し続けるためには何が大切なのでしょうか。

原:
私は、勝利という結果は、プロセスのご褒美だと思っています。あるプロセスを踏んだことで結果が出るわけですが、最善のプロセスであった証、ご褒美として勝利があるのだと思います。

松本:
社長在任期間で、売上高を2倍、営業利益を3倍にしました。その根底にあったのは、「この会社を大きくしたい、成長させたい」という一念です。「I have adream」。キング牧師の有名な演説にもありますが、社員にも、公私ともに夢を持つことの重要性を訴えてきました。組織に関して言えば、「クリスタルなピラミッド組織」を志向しました。それは自律的で適切な緊張感を持った、極めて透明性の高い、安心して働ける組織です。また、トップと社員との距離が近くて、意思の疎通が速く、コミュニケーションが高い密度で行われている組織です。経営の現場では様々な外部環境の変化にさらされて苦しい時期もありましたが、そんな時こそ、トップと社員の距離を短くするコミュニケーションが必要だったのです。常に「I have a dream」を胸に、組織を運営してきました。

原:
私も先に言いましたが、選手と夢を語り合い、追いかけてきました。会長の言う「I have a dream」は、チームにおいても実業の組織においても必要なことだと思いますね。私は選手と監督が、win-winの関係になること、お互いが共にハッピーになることを目指してきました。そのためには会長の言うように、密なコミュニケーションは不可欠だと思います。ただ最近気になっているのが、アスリートファーストという言葉です。アスリートファーストはともすれば、選手を甘やかすことと捉えられがちな風潮があります。甘やかすことがアスリートファーストではありませんし、その考えでwin-winの関係は築くことはできません。厳しく接することもアスリートファーストの要素の一つなのです。

渡辺:
原監督の言う通りで、当たり前ですが苦しくとも練習はやらねばならないのです。練習は基本的に一定の量をこなし、質を上げていく必要があります。ところが最近の傾向として、量は省いて質を上げれば強くなると勘違いしているところがある。量をこなすという、苦しく泥臭い部分の重要性を、選手に伝えていかねばならないと思います。

松本:
実業の世界の社会人も同様です。厳しく育てる、そこから這い上がってきて人は成長する、社長にもなれるわけです。甘やかしては、人は育ちません。選手であれ社員であれ、自分の中の甘さを排除し、厳しく自分を律することができるように指導することで一人ひとりが結果を出せるようになり、それがひいては、強いチームや組織をつくることに繋がるのだと思います。

原 晋 松本正義 渡辺康幸
原 晋 松本正義 渡辺康幸

住友電工陸上競技部のWebサイトは

こちら

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